2|Artist ゼミナール 榎忠
長いキャリアを持つベテランアーティストの場合、作品の変遷や代表作を俯瞰して語られることは多い一方で、1点ずつの作品にじっくり焦点を当てて読み解く機会は意外と多くありません。 この講座では、1講座につき1作品とその関連作品を取り上げ、作家本人とともに丁寧に掘り下げていきます。
昨年度は、貴重な映像や資料、さらには作品そのものも持ち込んでいただき、1970〜1981年の伝説的な作品群を、作家自身の記録と照らし合わせながら読み解きました。
今回は、前回の「万博年」に合わせた作品選択とは異なり、街(郊外を含む)や日常の生活空間そのものを作品化していく3つの作品を取り上げます。 いずれの作品も、作家自身が場所を見つけ、開拓し、実現へと導いていった点に大きな魅力があります。 初期の代表作から震災前後に制作された作品まで、3点を中心に取り上げ、その連続性や変化の軌跡を作家本人とおしゃべりしながら読み解いていきます。
日時:①11/27㈮ ②12/18㈮ ③1/15㈮ 各19:00-21:00
会場:CAFE &BAR まどゐ(神戸市中央区山本通2-3-12 まなびと北野基地1階)Google Map
定員:30人
料金:3,900円 サポーティングメンバー/学割 3,500円
講師:榎忠(アーティスト)
聞き手:山下和也(ARTS STUDY ディレクター)
2ー①《EVERYDAY LIFE / MULTI》から《ハンガリー国へ半刈り(ハンガリ)で行く》
2026年11月27日㈮ 19:00-21:00 CAFE &BAR まどゐ
《EVERYDAY LIFE / MULTI》1977年 33歳
JAPAN KOBE ZEROを離れ、個人作家として発表した最初の展覧会。神戸市長田区の当時の自宅とその周辺が会場。近くのバス停からの道に沿って徐々に拡大された黄色いオートバイ《Yellow Angels》の拡大コピーが並び、家自体が奇想天外なオブジェが所狭しと並ぶ混沌とした空間に変貌していた。半刈りがはじめて作品として発表された記念すべき個展。
《ハンガリー国へ半刈り(ハンガリ)で行く》1977年 33歳
体毛の半分を剃り落とし、ハンガリーに入国。 全身の体毛の半分をすべて剃り落とす「半刈り」で神戸・三宮の街中を歩くパフォーマンスを行い、周囲の人々を驚かせる。同年、1977年に『ハンガリー国へ半刈り(ハンガリ)で行く』というプロジェクトでハンガリーのデブレッツェンへ向かう。途中、ドイツのカッセルでは「ドクメンタ6(*)」にパフォーマンスで突如参加。西ベルリンから電車でのチェコ入国を拒否され、空路でハンガリーに入る。観光客や一般人の入国が困難な時代ではあったが、当時ハンガリー大学の客員教授であった知人からの招待状を持っていたおかげで無事入国することができた。しかし、その奇抜な容姿から、常に警戒されたり、パスポートの写真と実際の顔が違って見えたりと話題の多い旅であった。「半刈り」をしている間も榎は会社員として働き、日常生活を送っていたという。 髪の毛は、日常や生活の表面的なもののひとつでもあり、時間の経過につれて自分の意志とは関係なく生えてくるおもしろさに榎は興味を持っていた。半分剃ることで、実際に左右の体のバランスが異なり、体毛の存在意味を具体的に感じたと言う。 榎作品の中でも最もシンボリックなもので、日本の美術界では伝説的な作品。(榎忠サイトより)
*ドクメンタ
ドイツ連邦共和国中央部、ヘッセン州の小さな古都カッセルで1955年以来、5年おきに開催されている現代美術の大規模な国際グループ展。
2-②《地球の皮膚を剥ぐ,5,000,000年の動脈》から第52回ベネチアビエンナーレ日本館のためのプラン
2026年12月18日㈮ 19:00-21:00 CAFE &BAR まどゐ
地面に大きな穴を堀り、地層を剥き出しにするプロジェクト。
神戸市西区・学園都市の住宅を建設する前の分譲地を借りて、地面に穴を掘り、その断面をあらわにした。スコップやツルハシで掘り始め、途中からは削岩機やベルトコンベヤーをも駆使して、土を掘り出す。榎は仕事の後、毎晩、250m2もの広さの土地を岩盤に突き当たるまでの半年間掘り続けていたという。プロジェクト進行中、葉の化石などが見つかり、1000万年前に形成された岩盤まで掘り進んだと判明した。その後、穴は埋められて新しい住宅が建設された。
小学生の頃から地層や化石に興味があった榎は、淡路島の野島断層や大阪の箱作など各地の古い断層に出向き、本プロジェクトを実現させる土地を探していた。ちょうどその頃、神戸市・学園都市の開発工事が始まり、貝化石の出ることで知られる高塚山断層が表出する。その土地を偶然にも知人が購入。榎は、家を建てる前のその土地を借りて、プロジェクトを敢行することができた。次々と山が崩され、土地が開発されていくが、その下にも岩盤はある。それを見て、地球が生きていることを感じて欲しいと榎はいう。
広島現代美術館における「表出する大地」展(1997)では、美術館内の屋外展示場の地面を掘る『肘山蠢動(ひじやましゅんどう)』を出品している。(榎忠サイトより)
2-③《ギロチン・シャー1250》と《NARGATA Pb》
2027年1月15日㈮ 19:00-21:00 CAFE &BAR まどゐ
《ギロチン・シャー1250》 1994-1995年 50歳
黒く鈍い光を放つ鉄の断片の数々。
JR神戸駅の高架下にあった倉庫を会場として発表された作品である。
大型鉄屑処理に用いられる1250tの鉄の切断機ギロチンを操縦して、厚さ約80mmの鉄を切断。会場には、約50t分もの鋼材が運び込まれた。その多くは、当時建設中であった明石海峡大橋に使用された足場だったという。会場となった倉庫は、当時すでに使用されておらず、天井高約7m、広さ2800m2のがらんとした空間であった。ここでの展示を切望した榎は、JR西日本の社長へ直接交渉。運よく、JR神戸駅東海道線・大阪駅~神戸駅間開業120周年ということで、快諾を得ることができた。
実際、作品に使用された厚さ約80mmの鉄を切断するには、鉄を無理やりねじ伏せ、裂くような形になるのだという。本作品で、榎はその鉄の切り口に表れる何ともいえないエネルギー、鉄の持つ存在感を、目で見るだけでなく身体で感じさせたかったと語っている。展示空間として整備されていない場所での展示のため、作品設営にいたるまでの電気設備から床面・天井の整備、安全対策が慎重に行われたという。
ひとつの彫刻作品としてではなく、展示された空間をまるごと作品としてしまう榎の表現に対する考え方が表れた作品である。(榎忠サイトより)
《NAGATA Pb》1996年- 51歳-
1995年、神戸は阪神淡路大震災で壊滅的な被害を受けた。
火炎に包まれた長田の街では水道管などの鉛が溶けて表出し、榎が制作に利用するスクラップ工場へ廃材として集まってきた。
《NAGATA Pb》と名付けられたこの作品の素材は、その鉛である。
神戸を皮切りに東京の同潤会アパート、美術館など各地で出品された。
講師紹介
榎忠(アーティスト)
1944年香川県善通寺市生まれ。60年代後半から関西を中心に活動。前衛グループ「JAPAN KOBE ZERO」での活動(1970-76年)を経た後、街中での会場探しからはじめ、自ら展覧会全体を作り上げることを行ってきた。代表作「ハンガリー国へハンガリ(半刈り)で行く」(1977年)、「Bar Rose Chu」(1979年)など型破りなパフォーマンスや、銃や大砲などを扱った作品、金属の廃材に新しい生命を吹き込んだ作品など、独自の世界を展開。美術館やギャラリーに限ることなく、現在も神戸を拠点に活動を続けている。
近年の主な展覧会に、個展「その男、榎忠」(KPOキリンプラザ大阪/2006年)、「ギュウとチュウ―篠原有司男と榎忠―」(豊田市美術館/2007年)、個展「榎忠展美術館を野生化する」(兵庫県立美術館/2011年)、高野山開創1200年特別企画展「いのちの交響」(高野山真言宗総本山金剛峯寺/2015年)、「釜山ビエンナーレ2016」(釜山市立美術館/2016年)、「拡がる彫刻熱き男たちによるドローイング」(BBプラザ美術館/2017年)、個展「MADE IN KOBE」(ギャラリー島田/2018年)、「百代の過客」(ART BASE百島/2018年)、個展「RPM-1200」(ANOMALY/2020年)、個展「祭の日には大砲を鳴らせ!」(city gallery2320/2021年)、個展「Pumice(パミス)」(ギャラリーノマル/2022年)、「メタル展」(銀座メゾンエルメス・フォーラム/2025年)など。
参考:ARTS STUDY 2025 講座レポート「Artist ゼミナール 榎忠」
➀「裸のハプニング」1970年 26歳 eTOKI:ARTS STUDY 2025 講座レポート
➁「TREE, out-in-out」1975年 31歳 eTOKI:ARTS STUDY 2025 講座レポート
➂「スペースロブスターP-81」1981年 38歳 eTOKI:ARTS STUDY 2025 講座レポート




