赤松玉女
石原友明
江見洋一
杉山知子
田辺克己
椿 昇
砥綿正之
藤本由紀夫
マスダマキコ
松井智恵
松尾直樹
この提案の内容は上記連名のアーティストの集まりに属します。
この提案をご利用の際は、C.A.P.までご連絡ください。
1994年10月
近年、国内で多くの美術館が建設されました。しかし、わずかの例外をのぞいて、そのすべてが前者の意味での美術館です。実のところ、過去のものを研究し、解釈・再解釈を与えていくということで言えば、その機能さえも全うに働いていないというのが現状でしょう。建物という外側(ハード)を作ることだけに頭とお金を使って、どのような思想を持って、どのような機能を有し、どのように運営していくかということ(ソフト)に頭とお金を使ってこなかったからです。
欧米ではすでに後者の意味での美術館=今現在立ち上がりつつあるものや立ち上げつつある人々をサポートする美術館や芸術機関が主流になっています。また、展覧会のみならず美術教育の重要な機関として専門スタッフをもうけ、社会の中に定着しています。またしても我々は欧米に遅れをとるのでしょうか。そして、欧米に追いつけとばかりに模倣を繰り返すのでしょうか。
そうではなくて、今我々が本当に必要としている美術館というものを、世界各国にすでに存在している美術館・芸術機関を参考にしながらも、我々のいる場所、我々がよって立つ場所を基盤としながら、そこから新たに作っていきたいと考えています。そうした美術館を我々は仮に「これからの美術館」と名づけ、提案します。
「これからの美術館」は、今現在から未来に向けての美術館です。常に現時点からこれから先を指向し、めざしていく機関です。そしてそれは木や森を育てるのに似ています。なにもない場所に木を植え森に育てていくには時間がかかります。1年や2年で結果を出そうとしても無理なことです。10年や20年でも足りないでしょう。50年や100年の大きな単位で育てていかなければなりません。同じように「これからの美術館」も長期的な時間枠の中で考えていくものです。目先の利益を求めたり、早急な結果を求めると崩れてしまいます。大きな時間の中で大きな視野を持って考えること。そして、そうした時間枠を維持するための制度を持つこと。これが大前提です。
●ハード(建物)にお金をかけず、ソフト(人)を充実させる美術館
文化とは人が生み出し、人が享受し、人がはぐくむものです。そうした当たり前のことがこれまでの美術館からは忘れられています。ハードにお金をかけず、ソフトを充実させること。建物という器ができればそれでおしまいというのでは困ります。そこに人々が参加し続け、活動し続ける美術館であること。そのためになによりも人にお金をかける美術館であるということです。スタッフの人的・質的充実を図るためにお金をかけること。表現の充実のために作家にお金をかけること。鑑賞者への負担を減らすためにお金をかけること。建物には、こうした人への資金が確保された上で、可能な予算の範囲で作られるべきです。そして、人への資金を十全に確保するためにもコレクションを持たない美術館として提案します。
●今現在の文化芸術の状況を反映した場所としての美術館
絵を掛ける、彫刻を並べるというだけの従来の一方向的な展示を行う美術館では、これからの社会の中で美術館が担う役割として、充分な機能を持つことはできません。現在の文化芸術の表現形態は多様化し、流動化しています。そうした状況に柔軟に対応できるような新しい運営体制と施設をつくります。そして、芸術文化状況の現在を体現する場として重要な役割を担う美術館をめざします。 そのための海外や国内の美術館・研究機関とのネットワークを作り、情報を交換します。
●人と人との交流を通した美術教育機関としての美術館
教育は美術館の重要な役割の一つです。「これからの美術館」は作品のみでなく作品を作る人とその現場、展示のみでなく展示に至るまでのプロセスを取り込み、地域に開放していきます(=ワークショップ)。そこにさまざまなかたちで人が関わっていく中で人と人との交流が生まれます。そうした交流を通して地域の美術教育がなされるようにプログラムを組み、小・中・高等学校の授業に開放していきます。
●市民が楽しめる美術館、自慢のできる美術館
地域の中に存在し機能していく美術館は、市民にとって楽しめる、親しみやすい美術館であることが大切です。しかしそれは、一時的な娯楽や経済効果を与えるだけのものであってはいけません。それでは数あるこれまでの美術館の失敗を繰り返し、結局のところ人は集まらないでしょうし、施設として定着せずにさびれて行くでしょう。
本当の意味で市民が誇りに思える美術館、美術館を私たちは持っているんだと言うことを国内外に対して自慢できる美術館。そうしたイメージが「これからの美術館」には必要でしょう。
現在の国内の美術館では、学芸員が展覧会の企画から雑用までなんでもやるという状態です。これでは専門的な活動を有意義に行うことができません。美術館の仕事を細分化し、いくつかの専門職に分ける必要があります。
ディレクター(館長)
芸術が持つ可能性をいかにして社会の中で最大限に引き出すことができるか、そうした課題を地域の中で実践するために、ディレクターは美術館の運営を常に活性化し、積極的にデザインしていきます。
ディレクターには、国際的な視野を持ち(海外での活動・研修経験のある人)、長期的な展望で先を見通せる人を起用します。国内外の美術館事情を身を持って経験し、個人的にも国内外の美術状況に対応できるネットワークを持つ人が必要です。しかし、現役の専門家である必要性と、それを発展させる役割のために、なるべく若い人材が良いでしょう。
ディレクターは、美術館の理想的な運営のための財源、人的資源、物資、援助などを確保する責任を持ちます。キュレーター、プリパレーター、教育プログラマー、プレスと協調して運営にあたりますが、企画決定権はもたないようにします。
キュレーター(学芸員)
キュレーターは、展覧会の企画の決定権をもつとともに、その責任を持ちます。
独自の切り口をもった展覧会を企画し、それを実現させて新しい提案をしていく能力が求められます。美術館活動が停滞したりマンネリズムにならないよう注意を払い、ネットワークを広げていく責任があります。専門的な知識とともに、柔軟で活動的なフットワークが必要なので、そうした能力のある人材を国内外から選びだし、専任で起用します。
また、ゲストキュレーター制を採用して、他都市・海外から優秀なキュレーターを招き、単発的に展覧会の企画、運営を依頼します。
プリパレーター(展示設営スタッフ)
プリパレーターは、美術館におけるすべての展示について責任を持ちます。展覧会に際してキュレーターと作家との綿密な打ち合わせを行い、作品にとって最良の展示空間を計画し、施工する重要な役割を果たします。具体的には
ヲ会場の構成ヲ壁の設営・撤去ヲ壁の塗り替え・修復ヲ展示台の作成ヲ電気設備の配置ヲ作品の展示・撤去ヲ展覧会のネーム・表示プレートの制作・設置、などがあげられます。
これらの業務を行うのに専任で3名のスタッフが望ましいでしょう。
教育プログラマー(教育専門スタッフ)
教育プログラマーは、展覧会の作品について、作家とキュレーターの考えていることを、わかりやすく観客に伝えるための企画を運営します。また、美術館で市民への美術教育を行うために、各種学校の美術授業に美術館のワークショップを開放した美術教育プログラムを組みます。学校教育の美術の授業を美術館で行うわけです。美術館はそのための専用のスペースを用意します。また、作品について市民や子供にわかりやすく解説するギャラリー・トークや、そのための美術館ガイド、ワークシートを考案し作成します。
プレス(広報・出版)
いかに興味深い展覧会をしても充分に広報されなければ人々にうまく伝わっていきません。広報担当者は、美術館の活動の内容を理解し、プレスリリースをつくる責任を持ち、作成した広報物(プレスリリース、ポスター、チラシ、案内状など)を有効に使う媒体を独自に開発します。
また、展覧会の記録のみならず、将来の研究資料となる充実したカタログを制作します。
経理
美術館専属の経理として、予算の振り分けの決定権をもちます。美術というものの性格を理解し、美術館独自の経理方法をつくります。
アルバイト、及び、ボランティア
市民や学生の能力を美術館の中で反映することのできる仕事をつくり、アルバイト及びボランティアとして美術館活動を助けてもらいます。学生のボランティアに関しては、活動時間により大学の単位が獲得できるシステムを取り入れて、定着させます。たとえば、幼児を持つ母親がゆっくりと美術鑑賞や講演会・ワークショップに参加できるように託児所をもうけ、保育学校の学生のボランティアを募ることが考えられます。また、通訳のボランティア、設営スタッフのボランティア、ギャラリー・トークのボランティアが考えられます。
2.運営委員会の開催
運営をサポートし、運営のコンセンサスを得るために運営委員会を設置します。
委員は行政、学識経験者、各種専門家によって構成されます。
1.スタッフの人的・質的充実のために予算をもうける。
優秀なスタッフを確保し、その活動に支障をきたさないように充分な予算を割り振ります。そして、それぞれの専門スタッフに対して、調査費、研修費をしっかり確保することです。
一つの展覧会の準備期間が数年にわたることを考えれば、単年度予算制度を見直していくことも必要です。
2.作家の表現の充実のために予算をもうける。
国内の美術館においては、作家に最低限の報酬を与えることさえままならない状況があります。そのための予算枠が美術館の運営予算に存在しないからですが、作家自身に負担がかかり、若くて優秀な作家が国内で育ちにくい環境になっています。
「これからの美術館」は作家の知的労働に対して正当な報酬を与えます。これは、作家を特別視して高い位置においたり、逆に低い位置においたりする態度をやめて、作家というものを他の職業とおなじように普通の位置におくという社会的な認知の問題でもあります。
壁
展示のための壁がしっかりしていること。釘が打てること。重量に耐えられること。そして、作家が自由にかかわることのできる、作家のイマジネーションを開放し受けとめることのできる壁であること。
従来の可動パネルの壁は不適当です。安定性に欠けるうえに必然的に入ってしまうタテのすじや上下の隙間は、見栄えも悪く自然な鑑賞を妨げます。また、可動パネルでどんな表現にも対応する空間が作れるように思えますが、実のところ、どんな表現にも充分に対応しきれない中途半端な空間しか作ることができません。
壁の表面は現在主流になっているクロス張りよりも、厚みのあるコンパネ(15mm程度)に石膏ボード(12mm程度)を張り、ツヤ消しホワイトのペイント仕上げというのが使いやすいでしょう。使用に耐えることはもちろん、修復に対しても手軽に対応することができます。
また、壁の表面およびその色は、展覧会の内容によりそのつど塗り替えることを前提とします。
床
床は作品を置きやすい素材で、穴をあけるなどの加工ができる素材にします。カーペットは不適当です。 床をはがして土をむき出しにする、水の使用に耐えるなどの特殊な場合もあらかじめ考慮します。
天井高、空間の広さ
部屋の高さはその広さとも関係するので一概にはいえませんが、日本の住居空間の平均的高さ(2400mm)では低すぎます。3500mmの壁面高は必要です。
あまりに広くて天井高が高すぎるのも考え物ですが、高い空間で5000mmくらいあればよいでしょう。
照明
自然光をできるだけ取り入れた空間が良いでしょう。ただ、作品によって真っ暗の暗室になることも必要ですし、いくつかの性格の異なる照明の空間が必要かもしれません。さらに具体的な考察が必要でしょう。
建物・外観
建物のデザインのみによって評価された美術館は古今東西見渡しても存在しないと思います。中身の質、機能を優先して考えるべきでしょう。しかし、建物の外観は周辺の風景に影響を及ぼすので、建物の存在がどのような変化を周辺に与えるかを考え、設計する必要があるでしょう。ただ、中身の質と機能を予算的にも優先することを考えれば、装飾過剰な建築が必要ないのはあきらかです。国内の美術館に必ずあるといってよいロビーの吹き抜けと回廊は、本当に必要なのか、必要以上に豪華になっていないか問うべきです。
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芸術に関連した資料の収集を行い、自由に閲覧できるようにします。 また、多様な視覚情報(マルチメディア)への対応ができる場所であり、それによって、情報ネットワークへ参入していきます。
2.レストラン・カフェテリア
3.ショップ
良いレストランをいれること。心地の良い場所でおいしいものをリーズナブルに提供できること。
評判の良いレストランは人の導線になります。
ショップには美術書、とりわけ一般の書店では手には入りにくい海外の良質な美術書を充実させることが望ましいでしょう。オリジナルグッズの企画、制作、販売もてがけていきます。
レストランとショップは入館料を払わなくても利用できる設計が必要です。
4.託児所など
市民が十全に施設を利用できるように託児所などの設備をもうけます。荷物や服を預かるロッカーを完備し、適切な案内をします。
作家を直接海外から招いて数カ月から一年程度滞在してもらい、制作してもらう制度です。作品を海外から運ぶよりも経費の削減になる上に、さまざまな交流が可能になるので、「これからの美術館」にとって重要な制度です。
2.開館時間の延長など
市民の生活に合わせて開館時間を延長し、夜も開ける曜日をつくります。
オープニングパーティーも効果的に人が集まりやすい夜に開きます。
また、それにともなう交通機関の運行時間延長を図ります。
1994年10月29日